蝉の声と、ネットの「余白」

「聞こえているのに、姿が見えない」という共通点

真夏の日中、どこからともなく聞こえてくる蝉の声。あんなにも大音量で空間を満たしているのに、木の幹をじっと見つめても、どこにいるのかすぐには見つからない。

あの「声だけが空間に響き渡っていて、発信者の姿が直接見えない感じ」というのは、実は昔のインターネットや、このGPVoiceのような場所とよく似ている。

顔の見えない誰かが、その場所に確かに存在していたという「痕跡(音)」だけが残るロマン。

時間の切り替わりと、刹那的な響き

蝉の一生は短い。あの喧騒のような鳴き声も、季節が過ぎればパタリと止んで、まるで何事もなかったかのように静寂が戻ってくる。

効率よく最適化されたネットの世界は、いつまでも情報が残り続け、色褪せない。それは便利だけど、どこか味気ない。

あえて期間限定の、あるいはいつか消え去るかもしれない「その場の音」を拾い集めるGPVoiceの空間は、どこか真夏の蝉時雨の儚さに似ているかもしれない。

https://mita.nu/GPVoice

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