一、機内のPeaceとジタンのおばあ様
機内で煙草が吸えた時代のことだ(1991年頃?)。私が「Peace」に火をつけて紫煙をくゆらせていると、隣に座っていたおばあ様が私のタバコをじっと見つめ、「いい名前のタバコね?」と声をかけてきた。手元を見ると、彼女が吸っているのは独特の強い香気を放つフランスの「ジタン(Gitanes)」だ。
同じ質問を何度も繰り返されるので「これは興味があるのだな」と思い、私は新しいPeaceの箱の封を切り、トントンと上を叩いて1本差し出した(あの箱の底を叩いて1本押し出す仕草は、日本人独特のものなのだろうか)。
おばあ様は大層喜び、ご愛用と思しきライターで火をつけた……のだが、一口吸った瞬間にあからさまに不味そうな顔をしたのには思わず吹き出してしまった。話を聞くと、すでに80代と思われる高齢で、ご自身のお子さんですら私より遥かに年上だという。すっかり意気投合し、別れ際にメモを渡され「滞在中のパーティーにおいで」と誘われた。若かった当時の私は「マナーも知らんし、面倒だなあ」と本気で思い、返事を保留にした。
二、異国のバーテンダーと、外洋を渡る船
ファアア(Faa’a)国際空港に到着し、当時の決まり文句である「リコンファーム(予約再確認)・プリーズ」を告げると、カウンターの職員は悪びれもせず言い放った。
「お前の飛行機はない」
いきなりの足止めである。連絡を待つように言われ、指定されたホテルのバーで途方に暮れていると、カウンターの中にいたのはどこかしなやかな立ち振る舞いの男性バーテンダーだった。タヒチには「マフー」と呼ばれる、女性の役割を担って暮らす第三の性の文化的伝統があるのだが、彼もそうした一人だったのだろう。なぜか日本語で「一休さん」の歌を心地よさそうに口ずさんでいる。話を聞くと、この島では男性よりも女性(あるいはそうした気質の人間)の方が就業率が良いのだという。
結局、そのバーテンダーのアドバイスに従い、ホテルのコンシェルジュを通じて「せっかくのお誘いですが、島が違うため伺えません」と、機内のおばあ様宛に花とメッセージをメッセンジャー立てで贈ってもらい、パーティーはお断りした。(今思えば、ヨーロッパの上流階級の社交界と接点を持つ千載一遇のチャンスだったのかもしれない)。
何しろ、国際空港のある本島から目的地の島(モーレア島やボラボラ島)へ向かうには、船に乗り換える必要があったからだ。あてがわれたのは、沖縄所属の「〜丸」と名付けられた、数十人乗りの小さな船。決して外洋航行用とは思えない船体だったが、タヒチの島と島の間はほぼ完全な外洋である。荒れ狂う巨大な波と漆黒の海、それを力任せに越えていく船の迫力に、「これは凄いところに来てしまった」と肝を冷やした。
三、フィアット・パンダと、海での高所恐怖症
島に到着し、ホテル横のレンタカー屋へ行くと、まるで貸し自転車並みの格安価格で「フィアット・パンダ」が置いてあった。飛びついて乗り込んだものの、路面の振動がダイレクトにハンドルを殴りつけてくるようなボロ車で、恐怖のあまり早々に返却。島一周などあっという間に終わる小さな島だったので、大人しく自転車に乗り換えた。
少し離れたレンタルショップでボードセーリング(ウインドサーフィン)を借り、意気揚々と海へ漕ぎ出してみた。しかし、ほんの少し沖へ出ただけで、海の色が突如として浅瀬のエメラルドグリーンから、吸い込まれそうな深い外海の色へと一変した。その瞬間、生まれて初めて「海の上で高所恐怖症を起こす」という奇妙な恐怖に襲われた。足元に広がる途途方もない水深の暗闇が恐ろしくなり、慌ててチャパチャパと足が届く浅瀬まで戻ったものの、そこまで戻ると今度はあまりにつまらなく……我ながら勝手なものである。
滞滞在中、帰りの移動スケジュールの設定を間違えていることに気づき、移動が1日ズレる可能性をコンシェルジュに相談した。すると「大丈夫だ」と言うや否や、なんと格安でヘリコプターがチャーターされてやってきた。今思い返しても「冗談だろ?」と笑ってしまうような、豪快すぎるバブル期のタヒチの日常だった。
四、管制なき「空のバス」と、何をしに行ったか分からない旅
最後の島からファアア国際空港へ戻る際、用意されていたのは窓の開いた小型のエアバス(空のバス)だった。やってきた機長はネクタイすら締めず、まるで昔の戦争映画に出てくる小型爆撃機のパイロットのような出で立ち。軽自動車にでも乗り込むようなノリでサラッと操縦席に乗り込み(乗客も誰もシートベルトなど締めない)、機長席のドアが「バタン」と遊園地の乗り物のような軽い音を立てて閉まった。
飛行機はランウェイ(滑走路)に入るなり、一時停止もせずそのまま滑走離陸。さらにそのまま一直線に上昇・直進していく。しばらく飛ぶと、左手に目的地のファアア国際空港が見えてきた。
「流石にこの小型機で国際空港には降りないよな。管制と通信もしてなさそうだし、近くに別の小さい滑走路があるのだろう」
そう高をくくっていた、その瞬間だ。機長が突然首を真横に向けたかと思うと、一発で左へ激しくバンク(傾斜)。一切のムダがないワンアクションで、そのままファアア国際空港の滑走路へと豪快に着陸してしまった。
案の定、我々が乗るはずだった当初の予定の大型機など影も形もない。滑走路の端からターミナル建物まで徒歩で歩かされ、乗ってきた小型機はそのまま別の客を乗せてサッと飛び立っていった。空港カウンターで問い詰めると、職員は何食わぬ顔で「もうすぐ来る」と言う。やってきたのは行きと同じハワイアンエアの直行便だった。わずかに生じた待ち時間で、本島の市場をサラリと観光し、そのまま帰路についた。
結局、自分は何をしにタヒチまで行ったのか——。美しいリゾートの記憶以上に、タバコの煙、ボロ車、破天荒な飛行機、そして南太平洋の怪しい熱気が胸に残る、なんとも破天荒な旅だった。
